OPUS #J1 獣人 (Beats That Once Were Men)

  1. 原題: Beats That Once Were Men ( OPUS#87), Translator:  国枝史郎 (KUNIEDA Shiro) in: 恐怖街, 松光書院, 1939.  Note: Adaptation 獣人について

日本で初めて紹介されたハミルトンの作品は、昭和14(1939)年に国枝史郎によって翻訳された「獣人」”Beasts That Once Were Men”である。アメリカ本国でその作品が発表されたのは1936年のことであり、当時としてはほぼリアル・タイムで翻訳されたことになる。
この翻訳の存在が分かったのは、荒俣宏著『世界幻想作家事典』(国書刊行会 1979.9)ハミルトンの項目で紹介されていたからである。その箇所を抜き出すと
「ちなみにかれの著作のうち、恐らくもっとも早く日本に紹介された作品と思われる『獣人』”Beasts That Once Were Men “(国枝史郎訳, 松光書院『恐怖街』所載, 明41)は幻想小説でもSFでもない怪奇探偵ものである。なおこの翻訳小説アンソロジーはジャンル的に探偵小説に属するものばかりを集めているにもかかわらず、実際に収録された作家は、ハミルトン、F.B. ロング、アーサー・J・バークスなど当時のSFパルプ作家ばかりである」
*明治41(1908)年となっているが、当然ながら昭和14(1939)年の間違いである(でないと1904年生まれのハミルトンには書けない)。
この本の表紙写真は、荒俣宏著『ホラー小説講義』(角川書店 1999)の174ページで見ることができる。その表紙には、サンダース、M. カミングスとある。カミングスは、Raymond King Cummings, 1887-1957、サンダースは、Carl M. Saundersであろう。
作家の名前から推測すると、このアンソロジー『恐怖街』の種本は、スリリング・グループの一つBeacon Magazines社 (1937年からBetter Publications)の<Thrilling Mystery>1936年5月号   (Vol. 3, no. 1) だと思われる。収録作品は以下の通りであるが、Carl M. Saundersの作品は収録されていない。
Fleming-Roberts, G. T.: I love the dead
Long, Frank Belknap, Jr.: Harvest of Dearth
Hamilton, Edmond: Beasts that once were men
Burks, Arthur J.: Kurda’s Corridor
Appel, H.M.: Virus of Vengeance
Jabobi, Carl: Death Rides the Plateau
Cummings, Ray: Halfway to horror
Clemons, John: The Well of Doom
Reference:
Cook, Michael L. & Miller, Stephen T., Mystery, Detective, and espionage fiction: a checklist of fiction in U.S. Pulp magazines,
1915-1974,  Garland, 1988, 2 vols.
実際に収録されているサンダースの作品は、荒俣宏氏に聞かねば分からないが、恐らく同じスリリング・グループの<Thrilling Detective>の1936年9月号(Vol. 20, no. 1)の”Off the Record”か、1937年3月号(Vol. 22, no. 1) の”Green Death”、1937年4月号(Vol. 22, no. 2)”The Tattooed serpent”のどれかであろう。
このアンソロジーを翻訳した国枝史郎 (1887-1943 明治20-昭和18) は、長野県生まれの伝奇小説の代表的作家。代表作は、「『神州纐纈城』(大正 14-15年)である。彼がどのような経緯で<Thrilling Mystery>を入手したかは現在では知る術はない。しかし、偶々種本にハミルトンの作品が収録されていたからとは言え、太平洋戦争前夜、それも敵国アメリカの作家ハミルトンの作品、そして彼が食べていくために探偵小説を手がけていた時代の作品が翻訳されたのは興味深い事実である。
因みに版元の松光書院は大阪の出版社であるので当時の東京中心の出版目録を調べても『恐怖街』の記録はどこにも出てこなかった。ここで話しはそれるが、松光書院の判明した全出版物を挙げておこう。1~8は国立国会図書館所蔵のものである。11は発売である。
1. 漫才全集 / 村田吉那編. — 松光書院, 1937.
2. 夫婦間の貞操読本 / 島津嘉孝著. — 松光書院, 1937.
3. 日満殺人事件 / 久我荘太郎著. — 松光書院, 1936.
4. 文吉捕物帖 / 栗島狭衣著. — 松光書院, 1936.
5. やさしい作り方童謡読本 / 西川林之助著. — 松光書院, 1937.
6. やさしい作り方民謡読本 / 西川林之助著. — 松光書院, 1937.
7. 商業美術大集成 / 商業美術聯盟編. — 松光書院, 1935.
8. 松五郎捕物帳 / 栗島狭衣著. — 松光書院, 1935.
9. 商業美術大集成 / 商業美術聯盟編纂. — 松光書院, 1935.
10. 女一代 / 柳川春葉著. — 松光書院, 1936.
11. 萬國新語大辭典 / 英文大阪毎日學習號編輯局編. — 大阪出版社, 1935
12. 牧水歌集 / 若山牧水著. — 松光書院, 1936. [2003.3.2追加]
13. 嵐の海賊船 / 村田義光. — 松光書院, 1937. [2003.3.2追加]
14. 太平洋非常艦隊 / 宮島忽造. — 松光書院, 1937.6. [2003.10追加]
2.  戦後
野田昌宏氏によれば、戦後、進駐軍の持ち込んだSF雑誌やペーパーバックが大量に神田神保町の古書店街に流れ、それを読んだ人々が日本の近代SFを切り拓いていったという。戦前にもパルプと言われるSF雑誌をアメリカから取り寄せていた人が存在するらしいがそれは少数であろう。
ハミルトンの作品が本格的に翻訳され始めるのは早川書房によって<SFマガジン>創刊以降、1960 年代に入ってからのことである。<SFマガジン>以前にも、色々なアンソロジーや雑誌が企画・創刊されたがどれも短命に終わったため、ハミルトンが訳されるまでに至らなかった。
昭和25(1950)年に誠文堂新光社から<日本語版アメ―ジングストーリーズ>(以後:日本語版 AMZ)という7巻本のアンソロージーが発行されていた。ハミルトンは本国の<Amazing Stories>誌に40年間に渡って30編近くを寄稿していた。当然、この<日本語版AMZ>にハミルトンの作品が収録されていてもおかしくないのだが、一つも収録されていない。ここで<日本語版AMZ>に収録された作品の本国版の掲載年を調べるとほとんどが1948年から1950年までのものである。一方、ハミルトンは、1947年9月号にStar Kingsを執筆してから1962年まで寄稿していない(途中再録はある)。このちょっとしたずれから彼の名前は現れることがなかった。*<日本語版AMZ>については、SF Bibliophile No. 6-7 (1994.4-8)を参考にした。
次に元々社による<最新科学小説全集>の第24巻目(訳者:木川正男)に『天界の王』 The Star Kingsの出版が1957年頃に予定されていた。しかし、これは出版されなかった。第20巻を出した時点で版元が倒産。このため木川正男訳の『天界の王』は永久に出版されることはなかったが、せっかくだから他の巻に掲載された粗筋を紹介しておこう。この文章を見て発行を心待ちにしていた人がいたかもしれない。
まだ現実世界は二十世紀にとどまっている。ジョン・ゴードンは時間を超越する力学作用によって未来世界にとびこんで非常な苦労を経験し、可憐な少女と相知るに至った。しかし彼の正身は二十世紀に帰って来なければならなかった。陶酔的な夢幻境と冷徹な物質的実在との中間にあって悶える矛盾の描写である。
1959年8月に発売されたハヤカワSFシリーズHPB3016、アシモフ『鋼鉄都市』の解説で、福島正実氏がキャプテン・フューチャーのことを「未来船長」として紹介している。
早川書房の<SFマガジン>1960年6月号に、ついに彼の作品は翻訳される。「世界のたそがれに」”In the World’s Dusk”がそれである。この作品は<Weird Tales>誌1936年3月号に掲載されたものである。が、当時の編集部が1930年代の<Weird Tales>誌を入手していたとは考えにくい。多分、Donald A. Wolheim編集のアンソロジーThe End of the World (Ace, 1956)から採取したものではないだろうか(あくまで推定。断定ではない)。「世界のたそがれに」の次に翻訳されたのは名作「フェッセンデンの宇宙」である。これも<Weird Tales>誌で1937年4月号に掲載されたものだが、August Derleth編集によるBeyond Time and Space (Pellegrini, 1950)から採取したものだと思うが、1958年にリプリントされたBerkley社版を使ったのだろう。
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